東京高等裁判所 平成3年(行ケ)168号 判決
東京都中央区京橋1丁目10番1号
原告
株式会社ブリヂストン
同代表者代表取締役
家入昭
同訴訟代理人弁護士
秋吉稔弘
同
弁理士 内田明
同
萩原亮一
同
安西篤夫
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官
高島章
同指定代理人
産形和央
同
中村友之
同
井上元廣
同
吉野日出夫
大阪府大阪市中央区北浜4丁目5番33号
被告補助参加人
住友電気工業株式会社
同代表者代表取締役
倉内憲孝
兵庫県神戸市中央区筒井町1丁目1番1号
同
住友ゴム工業株式会社
同代表者代表取締役
横井雍
東京都中央区日本橋室町2丁目3番14号
同
東京製綱株式会社
同代表者代表取締役
岡部雄吉
補助参加人3名訴訟代理人
土肥原光圀
同
鈴江武彦
同
坪井淳
同
風間鉄也
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用(補助参加によって生じた費用を含む。)は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が昭和63年審判第2030号事件について平成3年4月18日した審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和55年8月11日に出願された昭和55年特許願第109135号からの分割出願として、名称を「金属コード」とする発明(以下「本願発明」という。)について、昭和61年10月31日、特許出願をした(昭和61年特許願第258544号)が、昭和62年12月14日、拒絶査定を受けたので、昭和63年2月18日、審判を請求した。特許庁は、この請求を昭和63年審判第2030号事件として審理した結果、平成元年3月17日、出願公告した(平成1年出願公告第15632号)が、特許異議の申立てがあり、平成3年4月18日、上記申立ては理由があるとする決定とともに、上記請求は成り立たない、とする審決をし、その審決書謄本を、平成3年6月19日、原告に送達した。
2 本願発明の要旨
(A)少なくとも3本の金属フィラメントの撚り合わせ束から成り、
(B)この撚り合わせ束の長手方向と直交する断面における金属フィラメントの配列が、各隣接フィラメントの相互間で離隔する離散域のほか、少なくとも1の隣接相互間で離隔し残りの隣接相互間では接触する、部分的な接触域を含んで、長手方向に不規則な断面分布をなし、
(C)しかもコード1本当たり5.0kgの荷重を掛けた時の伸度P1が0.2~1.2%の範囲であり、
(D)この伸度P1に応じて2.0kgの荷重を掛けた時の伸度P2がP2(%)≦0.947P1-0.083で表わされる関係を満たすこと
(E)を特徴とする金属コード。
(別紙図面1参照)
(なお、上記(A)ないし(E)の各符号は便宜上付したものである。)
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の要旨は前項記載のとおりである。
(2) 本出願前に頒布されたことが明らかな刊行物である「RESEARCH DISCLOSURE」(1978年6月号No.170、33頁、以下「引用例」という。)には、以下の記載が認められる(別紙図面2参照)。
「17015
4本のワイヤーからなるストランド
このディスクロージャーは多数のスチールフィラメントを撚ったものからなる物品とその製造方法に関する。
(中略)
撚線の耐疲労性を改善し、フィラメントと弾性材料たとえばゴムとの接着性を向上させるために、撚線は、その隙間(interstice)に弾性材料が加硫操作時によく浸み込むように作られる。そのような芯なし撚線は各フィラメントをあらかじめ過剰に変形しておいてから撚ることによって得られる。フィラメントの各々は、ばねワイヤと同じように、螺旋状に変形を行う。
Fig.1は4本ワイヤ撚線製造用の変形装置の体系を示す側面図であり、(中略)
一例として、タイヤに良好なゴム浸透性を示す4×0.25mm構成の撚線の製造の概要を示す。
小孔4は2mm幅である。分配盤2とエッジ7の距離は約5mmであるが、5mm~25mmの範囲で変えることも出来る。傾斜角αは60°でエッジ7の丸みは半径1mmであるが0.5~2.5mmの範囲で変えることも出来る。撚線工程においてフィラメントに与えるテンションは、フィラメントの0.2%降伏応力(耐力)の10~70%である。撚線の撚りピッチ(lay)はS方向に16mmであり、この撚線の50N荷重における伸長率は約0.4%である。伸長率の値は0.15~0.90%の範囲が得られる。この撚線の有益な効果は撚りピッチ10mmに代えて、より長い撚りピッチ14-16-18mmで得られる。」
以上の記載内容から、引用例には、以下の(a)ないし(d)のような金属コード(撚線、以下、この撚線を「引用発明」という。)が開示されているものと認められる。
(a). フィラメント径が各0.25mmの4本のスチールフィラメントからなる撚線である。
(b). 前記撚線は、耐疲労性を改善し、フィラメントと弾性材料たとえばゴムとの接着性を向上させるために弾性材料が加硫操作時によく浸み込むような隙間のある芯なし撚線である。
(c). 前記撚線は、各フィラメントをあらかじめ過剰に螺旋状に変形しておいてから撚り合わせることによって得られる。
(d). 前記撚線の50N荷重(約5kgf荷重)における伸長率は約0.4%であり、伸長率の値は0.15~0.90%の範囲が得られる。
(3) 本願発明と引用発明を対比すると、両者は、少なくとも3本の金属フィラメントの撚り合せ束からなり、コード1本当り5.0kgf(引用発明では50Nすなわち約5kgf)の荷重をかけたときの伸度P1が0.2~1.2%(引用発明では0.15~0.90%)の範囲であるオープン撚り(本願発明の(B)構成、引用発明も、前記(b)からみていわゆるオープン撚りといい得る。)の金属コードである点で一致するが、以下の点で相違する。
撚り合せ束の長手方向と直交する断面における金属フィラメントの配列が、本願発明では各隣接フィラメントの相互間で離隔する離散域のほか、少なくとも1の隣接相互間で離隔し残りの隣接相互間では接触する、部分的な接触域を含んで、長手方向に不規則な断面分布をなしているのに対して、引用例には、撚り合せ束(撚線)の断面構造についての言及がない点(相違点1)。
本願発明では、伸度P1に応じて2.0kgの荷重をかけた時の伸度P2がP2(%)≦0.947P1-0.083で表される関係を満たすのに対して、引用例には、伸度P1以外の伸度についての言及がない点(相違点2)。
(4) 相違点1についてみると、一般に、この種オープンコードにおいて、長手方向と直交する断面における金属フィラメントの配列が、本願発明でいうところの離散域のみであること、あるいは隣接フィラメント相互間で離隔しているところがなく、すべての隣接フィラメント間で接触している接触域のみであることは共にあり得ず、オープンコードである以上、本願発明でいう部分的な接触域を含んでいることは明白である。ところで、コードの撚成に際し、本願発明では、あらかじめ過大にくせづけしたフィラメントを所定のP1をもつようにコード径方向に圧縮させることにより製造するというものであり、一方、引用発明では、各フィラメントをあらかじめ過剰に変形しておいてから撚ることによって得ることができる(50N荷重時の伸度が0.15~0.90%の撚線)というものであって、オープンコードを得るための基本的な操作は両者間に相違がなく、撚成に際しては、特殊な制御装置を使用しない限り、通常フィラメント間のピッチのバラツキあるいは位相のずれが生ずるものと考えられるから、引用発明の撚線も本願発明の金属コードと同様に離散域及び接触域が長手方向に不規則に分布しているものであると推認することができる。
したがって、相違点1については実質上差異がないものである。
相違点2についてみると、金属コードの引張荷重-伸び曲線は、昭和62年11月6日付けで審判請求人(原告)が提出した意見書に添付された参考第1図のようになるものと認められる。そして、鋼材の縦弾性係数(応力/ひずみ)は21000kgf/mm2以下であるから、スチールフィラメントを撚り合せた金属コードの縦弾性係数は21000kgf/mm2を超えることがないと考えられる。
これらのことを基礎に、P2とP1の関係を求めると、
P2≧0.4P1 ・・・〈1〉
P2≦P1-0.0182/D2n・・・〈2〉
(Dはフィラメントの直径(mm)、nはフィラメントの本数)
が得られる。
〈1〉、〈2〉の各式からP2の範囲(特に最大値)はコードの種類(フィラメントの直径や数)によって変わることがわかる。また、スチールフィラメントを撚り合せたコードの縦弾性係数は21000kgf/mm2より小さいことから、〈2〉式の0.0182という数値は実際にはもっと大きくなるものである。
しかして、本願発明においては、フィラメントの直径が0.12~0.4mmが好ましい旨明細書中に記載されているので、1×5、1×4及び1×3の各コードについてフィラメントの直径0.40、0.25、0.20、0.15及び0.12mm別にその存在範囲を〈2〉式に基づいて求め、コードの縦弾性係数の最大値が21000kgf/mm2より小さい点(本願明細書中の実験No.8として開示されたコンパクト撚りコードの縦弾性係数は約15300kgf/mm2)を加味してみると、直径が約0.2mmより小さいものは、前記撚り合せ本数のいかんを問わず、ほぼすべてがP2≦0.947P10.083(以下「P2関係式」ともいう。)を満たすものであることが理解される。(前記特許異議申立人提出の審決甲第3号証-本訴甲第8号証参照)
そうだとすれば、P2の上限を規定する本願発明の関係式は、直径約0.2mm以下のフィラメントを使用したコードにおいては、何ら臨界的意義を有しないものであるといわざるを得ない。
本願明細書に開示された実験例(No.1~No.7)は、いずれも直径0.25mmのスチールフィラメントの単撚構造のコードであって、前記〈2〉式に基づく検討結果によれば、直径0.25mmのフィラメントを用いたスチールコードが、本願発明の関係式を満たす場合も、満たさない場合もあることが推測され、この限りにおいては、本願発明の関係式の技術的意義(関係式を満たさないと、ゴムに埋設された後、熱入れ加硫される工程で、コードが加硫圧力で押しつぶされやすい断面形状が多くなり、その結果ゴムが浸透しにくくなること。)は、一応認めることができるけれども、その実験例は、本願発明で好ましいとされるフィラメントの直径の範囲(0.12~0.4mm)の中の極く一部である0.25mmのみを用いた7例にすぎないこと、及び前記のように、例えば直径が約0.2mm以下のフィラメントからなるスチールコードの場合には何ら臨界的意義をもつものではないことが理論的にもいい得ることを併せて考えると、前記実験の結果から導き出されたものである本願発明の関係式が、特許請求の範囲に含まれると認められるその他のコード(実験例No.1~No.7以外のコード)においても同じような技術的意義をもつものであるとは直ちに認め難いから、結局のところ、相違点2におけるP2関係式は、引用発明のごときオープンコードにおいて、この種コードに対して普通に実施されている荷重伸長試験を行い、その中から最良の効果をもたらしたコードの物理特性を単に見いだしたにすぎないものであるというほかなく、そのような特性を見いだし、且つ、それによってコードの構成を特定することは当業者にとって困難なことではない。また、本願発明は、その要旨とする全体の構成要件によって予測できない作用効果が生じるものとも認められないから、結局、引用発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるといわざるをえない。
(5) 以上のとおりであるから、本願発明は、特許法29条2項により特許を受けることができない。
4 審決の取消事由
審決の認定判断のうち、審決の理由の要点(1)は認める。同(2)のうち、引用例に審決摘示の記載があることは認めるが、その余は争う。同(3)のうち、各相違点が存在することは認めるが、その余は争う。同(4)のうち、相違点2についての「金属コードの引張荷重・・・実際にはもっと大きくなるものである。」までの部分及び「本願明細書に開示された実験例(No.1~No.7)・・・一応認めることができる」との部分はいずれも認めるが、その余は争う。同(5)は争う。審決は、引用発明の技術的理解を誤り、一致点を誤認して相違点を看過し、また、各相違点の判断を誤るとともに本願発明の顕著な作用効果を看過したものであるから、違法であり、取消しを免れない。
(1) 一致点の誤認(取消事由1)
審決は、本願発明と引用発明は、「いわゆるオープン撚りの金属コード」である点において一致すると認定したが、両者のコードの撚り構造は異なるから、前記の一致点の認定は誤りである。なお、両者の撚り構造の相違については、取消事由2で詳述するとおりである。
(2) 相違点1についての判断の誤り(取消事由2)
審決は、本願発明と引用発明の両者について、「オープンコードを得るための基本的な操作は両者間に相違がな(い)」とした上で、相違点1について、実質的な差異を否定している。しかし、以下に述べるように、上記判断は誤りである。
〈1〉 まず、本願発明についてみると、本願明細書には本願発明の金属コードの製造方法に関して「あらかじめ過大にくせづけしたフイラメントを所定のP1(5kg荷重時伸度)を持つようにコード径方向に圧縮させることにより製造できる。チユーブラー式撚機においては、プリフオーマーにて過大にくせづけして撚った後、リールに巻取る前に圧縮ローラーにより圧縮して製造する。バンチヤー式撚機においては、過撚ローラーおよび/または圧縮ローラーを適宜調整して製造する。」(本願発明の出願公告公報(以下「本願公報」という。)5欄33行ないし41行)と記載されているところ、上記の「あらかじめ過大にくせづけした」との意義は、単に撚り合わされたコード(圧縮しないコード)が上記のP1を保持するのに必要な過大なくせづけにを行ったコードであるの比べて、その後の圧縮工程を考慮して、さらに大きな過大なくせづけを行うことを意味しているものである。そして、次の「圧縮させる」とは、前記工程において過大にくせづけされた螺旋形のフィラメントを撚成して得たところのコード径が大きく、ざっくりと撚られたコードを、圧縮ローラーでコード径方向に圧縮することを意味し、この圧縮の結果、本願発明の金属コードは、偏平な螺旋形に変形され(甲第12号証の1ないし3の各第3図参照、なお、本願明細書添付の第3図に示された金属コードの断面形状は単なる模式図であるから、この記載をもって本願発明の金属コードの断面形状を論ずることは適切ではない。)、これにより最終の形状、すなわち、構成要件(B)のコードの断面形状及び特性、すなわち、構成要件(C)のP1伸度とP2関係式を満たすコードが与えられることとなる。本願発明の金属コードは、上記の圧縮操作によってコードの断面構造におけるフィラメントの部分的な接触状態を十分に確保することによりフィラメント相互の接触圧(反発力)を利用して、2.0kg荷重時の伸度P2の値を抑え、これによりタイヤ埋設時の加硫圧でフィラメントが中心に向かって押しつぶされることを防止して、ゴムがフィラメントで囲まれた中心部に十分浸透することを可能としたものである。
これに対して、引用例には、フィラメントを「あらかじめ過剰に螺旋状に変形(する)」ことは記載されているが、変形したフィラメントをコードに撚成した後、このコードをコード径方向(1方向)に圧縮することについては何ら開示されていない。そして、この圧縮工程を欠く点からみて、引用発明の金属コードは、くせづけ後のほぼ単純な螺旋形を保持しているのである。このような一定のピッチを有するほぼ単純な螺旋形をしたフィラメントからなるコードでは、前記のような接触部分ができるとしても数が少なく、そのため本願発明が意図する隣接フィラメント間の接触圧を期待することはできないから、本願発明の構成要件(B)で規定する断面形状の不均一性を有しないことは明らかである。
してみると、圧縮工程を全く予定しない引用発明における上記の「あらかじめ過剰に変形」の技術的意義と、圧縮工程を予定した本願発明における「過大なくせづけ」の技術的な意義が異なることは明白であって、両者を同義と解することはできない。
〈2〉 被告らは、乙第1ないし第4号証を援用して、これらに記載の圧縮ローラーあるいは過撚ローラーにおいても本願発明のコード径方向への圧縮が可能であると主張するが、上記乙号各証記載の装置はいずれもコンパクト撚りコードを矯正するためのものであって、上記乙号各証には、オープンコードを偏平な螺旋形にするためにコード径方向に圧縮することについては何ら開示されていないから、本願発明の圧縮操作が普通の撚線条件であるとはいえない。また、コンパクト撚りコードにおける上記の圧縮ローラーが本出願時に周知であったとしても、上記のとおり、これらはいずれもコンパクト撚りコードを矯正するためにコードを複数方向から圧縮するものであるから、本願発明において、あらかじめ過大にくせづけされたフィラメントを撚り合わせたオープン撚りコードをコード径方向に圧縮するものとは、圧縮の技術的意義が全く異なるものである。さらに、圧縮について記載のないオープン撚りコードに関する引用発明に対し、上記乙号証記載のコンパクト撚りコードに関する圧縮ローラーを組み合わせること自体技術的な根拠がないというべきである。
また、被告らは、乙第5号証(実験報告書)を援用して、引用発明でも本願発明の構成要件(A)ないし(D)を満たす金属コードが製造可能であると主張するが、誤りである。すなわち、まず、乙第5号証で使用した乙第3号証に記載されたダブルツイスト型の撚線機を主体として組み合わせた製造装置は、そもそも引用例に開示された製造装置とはいえないし、引用例に開示された装置として、オープン撚りコードの製造と何ら関係のない上記撚線機を組み合わせること自体、何ら根拠のないことであるから、乙第5号証の実験結果に基づく被告らの主張は無意味である。また、乙第5号証と同趣旨で行った甲第14号証(試験報告書)の実験では、上記の構成要件(D)を満たすコードは1つの例外を除いて製造できなかったことからすると、上記の方法で本願発明のスチールコードを必ず製造できるというものでないことは明らかであり、かえって、本出願時の技術水準において、上記の方法では本願発明のスチールコードを製造できたことが立証されていないことの証左というべきである。
したがって、いずれにしても、被告らの上記主張は誤りである。
(3) 相違点2についての判断の誤り(取消事由3)
〈1〉 審決は、直径が0.2mmより小さいものは撚り合わせ本数のいかんを問わずほぼすべてがP2関係式を満たすとして、上記関係式の臨界的意義を否定するが、誤りである。
甲第8号証(計算書)の0.15mm及び0.12mmのフィラメントがP2関係式を満たすことは認めるが、本出願当時の技術水準によれば、自動車用タイヤの単撚りコードを構成するスチールフィラメントの実用的範囲は0.23~0.30mmである(甲第4号証の1ないし3)。すなわち、フィラメントの径が約0.2mmより小さいスチールコードは、本来強力不足などのため実用にならないことは、本出願時における技術常識であったのであるから、本来このような径のフィラメントについては除外すべきものであって、審決が、本願発明について、0.2mm以下の自動車用タイヤの単撚りスチールコードについて臨界的な意義を否定してみても無意味であって、結局、審決の上記認定判断は誤りである。
〈2〉 本願発明の構成要件(D)の構成の臨界的な意義について、本願明細書では、フィラメント径0.25mmを用いたスチールコード7例について臨界的な意義を有することを明らかにしたが、フィラメント径0.23mm及び0.30mmを用いたスチールコードでも本願発明の構成要件(D)が臨界的な意義を有することは甲第12号証の1ないし3の各追加実験報告書から明らかである。
このように、スチールコードのフィラメント径の実用的な範囲である0.23~0.3mmにおいて、本願発明のコードが明細書記載の0.25mmの場合と同様に優れた作用効果を奏することは明らかであるのに対して、引用発明のコードは、本願発明のような圧縮操作を欠く結果、前記の追加実験における比較例(この比較例においては、引用発明と異なり、弱い圧縮操作を加えている。)を越える作用効果を奏することはあり得ないのである。
なお、被告らは、甲第12号証の1ないし3の追試実験と称して乙第6、7号証を提出するが、金属コードに関するこの種の実験において、製造装置、製造条件、測定条件等が特定されたとしても、完全な追試実験が困難であることに照らすと、データの多少のばらつきや誤差が生ずることは不可避であって、何ら甲第12号証の証拠価値を損なうものではないというべきである。
〈3〉 本願明細書において、フィラメント径の好ましい範囲を0.12~0.4mmである(本願公報5欄21行ないし23行)と記載したのは、金属コードの材質、フィラメント数等あらゆる可能性を想定して広めに記載したためであり、例えばスチールより弾性率の高いタングステンは、線引加工が可能であり、その特性(甲第11号証参照)に基づいて、審決摘示のP1とP2の関係を求める前記〈1〉〈2〉の算式を適用してP2を求めると、フィラメント径0.12~0.20mmでも臨界的意義が認められる場合がある。
〈4〉 以上のとおり、本願発明における伸度P2の数値限定は、臨界的意義を有するものであり、一方、引用発明は、前記(2)で詳述したとおり、単に螺旋状にくせづけられたフィラメントを撚り合わせたものにすぎず、熱入れ加硫時の圧力で押しつぶされ、ゴムの侵入を阻害するものであって、荷重伸長試験を行っても、P2関係式を求めることができないものであるから、「P2関係式は引用発明において、この種コードに対し普通に実施されている荷重伸長試験に行い、その中から最良の効果をもたらしたコードの物理的特性を単に見いだしたにすぎない」とした相違点2についての審決の認定判断は誤りである。
(4) 顕著な作用効果の看過(取消事由4)
本願発明に係る金属コードは、〈1〉特にこれを補強用金属コードとした金属コードとゴムとの複合体において、ゴムがコードの長手方向及び断面方向に十分に浸透しているため、外傷による水分の浸入に起因する金属コード表面の錆の拡散が防止され、〈2〉そのため金属コードの腐食によるコードとゴムとの接着力低下によるセパレーション現象が大幅に改善され、〈3〉本願発明の金属コードを用いたゴムとの複合体は使用寿命が著しく改善され、同コードはタイヤに用いられて優れた作用効果を奏するほか、〈4〉農業用耕運機として、また、ベルト等工業用品に広範囲に用いることができる、等の特段の作用効果を奏するものであるのに、審決はかかる顕著な作用効果を看過したものである。
第3 請求の原因に対する認否及び被告・補助参加人の主張
請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。
1 取消事由1について
本願発明の金属コードは、構成要件(A)及び(B)を備えたものであって、本願明細書の発明の詳細な説明において、「例えば第3図に示した種々の断面形状がコードの長さ方向に混在しているコードであって、」(本願公報4欄3行ないし5行)と説明し、さらに、本願発明の金属コードが「オープン撚りコード」であることを認めた上で、P1とP2の値が一定の関係にあるものであると説明している(前同欄25行以下)。したがって、本願発明の金属コードをオープン撚りコードであるとし、この点において引用発明と一致するとした審決の認定に誤りはない。
2 取消事由2について
〈1〉 本願明細書には、本願発明の金属コードをバンチャー式(ダブルツイスト式)撚機で撚成して製造する方法につき、「バンチャー式撚機においては、過撚ローラーおよび/または圧縮ローラーを適宜調整して製造する。」(本願公報5欄39行ないし41行)と記載されている。バンチャー式撚機は必ず過撚ローラーを備えているので、前記記載から当然に、特別の工程を設けることなく、過撚ローラーを適宜調整することによっても製造することができることを意味していると解釈できる。
これに対して、引用例には、フィラメントのくせづけと撚成について、「そのような芯なし撚線は各フィラメントをあらかじめ過剰に変形しておいてから撚ることによって得られる。フィラメントの各々は、ばねワイヤと同じように、螺旋状に変形を行う。Fig1は4本ワイヤ撚線製造用の変形装置の体系を示す側面図であり、」(33頁左欄49行ないし54行)と記載されている。ここでいう「フィラメントをあらかじめ過剰に変形(する)」とは、以下のような意味である。すなわち、従来のコンパクト撚りコードを製造するために、フィラメントを予め螺旋状に変形する形付作業は、螺旋の外径がコンパクト撚りコードの外径よりも大きくならないようにその95~100%(この割合を形付率という。)を目標にして行われる(乙第4号証の2、185頁3行ないし7行)。そこで、「過剰に変形」とは、上記のコンパクト撚りコードの製造の場合に比べて、螺旋の外径が非常に大きくなるように形付けすることを意味するものと解される。したがって、引用例の「過剰に変形(する)」ことと、本願明細書でいう「過大にくせづけ(する)」ことは、全く同義であることは明らかである。
次に、引用例の前記過剰に変形したフィラメントを「撚る」工程についてみると、引用例には、オープン撚りコードを得るための手段、すなわち各フィラメントを予め過剰に変形させる方法及びその装置、その後撚線機による撚り合わせのためのフィラメントに付与する張力と撚りピッチ、さらに得られた撚線の50N荷重における伸長率と撚りピッチの適正な範囲が開示されているが、オープン撚りコードを製造するための具体的な撚線機の詳細仕様についての開示はない。このことからすると、当業者であれば、引用例の「twisting or bunching」は、何ら特別な撚線機ではなく、当時、一般的に用いられていたコンパクト撚りコード用の撚線機(乙第1ないし第3号証のバンチャー式撚機又はチューブラー式撚機)により行うものであることが容易に理解できる。そして、チューブラー式撚機には圧縮ローラが、バンチャー式撚機には過撚ローラーおよび/または圧縮ローラーが具備されているので、本願明細書の「チューブラー式撚機においては、・・・くせづけして撚った後、リールに巻取る前に圧縮ローラにより圧縮して製造する。バンチャー式撚機においては、過撚ローラーおよび/または圧縮ローラーを適宜調整して製造する。」(本願公報5欄36行ないし41行)との記載からみて、前記の圧縮ローラ又は過撚ローラを適宜調整しながら所望の圧縮操作を行うものであることは明らかであり、このことからすると、「圧縮」が原告主張の「コード径方向(一方向)の圧縮」に限定されるものではない。
なお、上記の「圧縮」について更に具体的に述べると、各フィラメントを予め過剰に変形させる装置の後に配置されるバンチャー式(ダブルツイスト式)撚線機には、撚った後に過撚ローラがあるので、撚線はこの過撚ローラに巻き付けられることにより、その手前では過撚作用(撚りピッチが小さくなり、塑性変形を与える。)、その直後では解撚作用(撚りピッチが元に戻り、残留応力が除去される。)を受ける。したがって、撚線は、上記過撚作用の際に、必然的に径方向に圧縮されるのである。
これを具体的にみると、引用例のFig1(別紙図面2参照)に示された変形装置の体系図において、分配盤2と成形ダイ5は共に巻出し用スプールに対して一定の固定した位置関係にあり、成形ダイ5は軸線1の回りを回転メンバーと共に回転することができる。右方の撚線機による強い引っ張る力と撚る力を受けて、各フィラメントは分配盤2における穴4を通過する際に過剰にくせづけされて成形ダイ5に至り、ここでまとめられて撚線機に引き込まれて撚成される。続いて撚線は、バンチャー式撚線機に設けられた過撚ローラの手前で過撚作用を受け、次に過撚ローラに巻き付けられて、必然的に径方向に圧縮され、その直後では解撚作用を受けるのである。
〈2〉 前項に述べた引用例に開示された技術に基づいて実験をした結果が乙第5号証(実験報告書)である。ここにおいて製造されたオープン撚りコードは、予めくせづけしたフィラメントをダブルツイスト式撚線機にかけて撚成するとともに、この撚線機に通常装備されている過撚ローラを通すだけで製造されたものであり、本願発明の全構成要件を満たすものであるし、このコードで製造したタイヤにおけるゴムの浸透度合いも極めて良好であった。したがって、本願発明においては、原告主張の圧縮によって「偏平な螺旋形」が生ずるの対し、引用発明においては「単純な螺旋形」であるとする原告主張が誤りであることは明らかである。
〈3〉 乙第7号証(実験報告書)は、甲第12号証と同じバンチャー式撚線機の過撚ローラ(甲第12号証ではタービンと称している。)の後段に、「圧縮ローラ」を配置した装置を使用して甲第12号証の製造実験を再現するとともに原告主張の「コード径方向の圧縮」効果を確認したものである。さらに、乙第7号証においては、上記の「圧縮ローラ」前におけるコードの状態、すなわち、過撚ローラのみを通して得られるコードとの比較において原告主張の「コード径方向の圧縮」の効果を確認することも追加して行ったところ、過撚ローラのみを通して得られたコードにおいて、原告主張の「コード径方向の圧縮」が認められたことからみても、原告主張のコード径方向の圧縮が引用発明においても生じていることは明らかである。
3 取消事由3について
〈1〉 原告は、審決が直径が0.12~0.2mmのフィラメントを用いた本願発明の金属コードについては構成要件(D)は臨界的意義を有しないとした点を捉えて、上記の径のフィラメントはタイヤ用スチールコードとしては実用に供されないから上記判断は誤りであるとして非難するが、失当である。
すなわち、本願明細書には、「本発明の金属コードを構成するフィラメントは、その直径が0.12~0.4mmであることが好ましい。」(本願公報5欄21行ないし23行)、「上記金属コードとしてはその種類は限定されないが、入手し易く安価である点からスチールコードが好ましく、」(同欄25行ないし27行)と明白に記載されているにもかかわらず、実に記載範囲の4分の3に当たる部分は好ましくはないと主張するものであって、理由がないことは明らかである。また、原告は、自動車タイヤに関するスミサーズレポートを提出するが、本願発明の金属コードは自動車タイヤのみに使用されるものではない。本願明細書には、「本発明の金属コードを用いたゴムとの複合体は使用寿命が著しく改善される。このため本発明の金属コードは、タイヤに用いられて優れた効果を奏するばかりでなく、農業用耕耘機用として又ベルト等工業用品に広範囲に用いることができる。」(本願公報6欄24行ないし29行))と記載され、実施例3には、本発明の金属コードを農業用耕耘機のゴム製履帯の補強に使用した場合の効果について記載されている。これによれば、本願発明の属する技術分野は、単に自動車タイヤの製造のみならず広く農業用耕耘機のゴム製履帯や機械用ベルト等の製造をも含む技術分野というべきである。しかも、原告提出の前記文献は、多数の市販タイヤからスミサーズ社が選択した極めて僅かなタイヤに関するデータにすぎないのであって、このようなデータをもって、本願発明の技術分野を論ずることはできない。したがって、原告主張のように、0.12~0.2mmのフィラメントによるスチールコードを除外する理由はないから、審決の判断に誤りはない。
4 取消事由4について
原告が本願発明の奏すると主張する各種の作用効果は、いずれもオープン撚りコードに共通する作用効果にすぎないから、これらをもって特段の作用効果ということはできない。
第4 証拠
証拠関係は書証目録記載のとおりである。
理由
1 請求の原因1ないし3は当事者間に争いがない。
2 本願発明の概要
成立に争いのない甲第2号証の1(本願公報)及び同甲第2号証の4(平成1年12月28日付け手続補正書)によれば、本願発明の概要は、以下のとおりである。
本願発明は、特に、スチールラジアルタイヤのベルト補強層として使用される金属コードとゴムとの複合体における金属コードに関する新規な撚構造についての発明である(本願公報1欄19行ないし2欄4行)。従来、このようなベルト補強層には4本ないし5本のフィラメントを撚り合わせたスチールコードが断面形状において中央部が空洞の状態(別紙図面1の第1図参照)に撚り合わされていたが、このようなスチールベルトの場合には、金属コードが路上の釘などで損傷を受けると、その傷口から浸入した水分がコード中央部の空洞中に容易に浸透するため、金属コードが腐食され、コードとゴムの接着が低下するという現象(これを「セパレーション現象」という。)を起こすといった欠点があった(2欄7行ないし19行)ので、セパレーション現象を解消するために従来から種々の提案がされてきたが必ずしも充分とはいえなかった(2欄20行ないし3行27行)。そこで、本願発明は、上記の欠点の解決を課題として、前記の要旨記載の構成を採択したものである(3欄33行ないし4欄2行)。そして、上記の構成を採択した結果、本願発明の金属コードを使用したゴムとの複合体においては、ゴムがコードの長手方向及び断面方向に十分浸透しているため、外傷による水分の浸入に起因する金属コード表面の錆の拡散が防止されることから、セパレーション現象が大幅に改善され、上記複合体の使用寿命が著しく改善されるとの作用効果を奏するものである(6欄17行ないし29行)。
3 取消事由について
(1) 取消事由1
当事者間に争いのない審決の理由の要点によれば、審決は、本願発明と引用発明の一致点として、〈1〉少なくとも3本の金属フィラメントの撚り合せ束からなること、〈2〉コード1本当りの5.0kgf荷重時の伸度P1が0.2~1.2%の範囲にあること、〈3〉オープン撚りであることの3点において一致する金属コードであると認定したものであることは明らかであるから、以下、順次、検討する。
本願発明が、上記の〈1〉、〈2〉を満たすコードであることは、当事者間に争いのない本願発明の要旨に照らして明らかである。そして、前掲甲第2号証の1及び同号証の4(平成1年12月28日付け手続補正書)には、ゴムとの複合体として使用される金属コードを構成するフィラメントの撚り構造に関して、「特開昭55-90692号公報にあるように、前記第1図に示したような各フィラメント相互間に空隙の全くない、もつともコンパクトなコード径を有する従来コードよりも、コード径をやや大きめに撚り合せることによつて各フィラメントを相互に接触させずに各フィラメント間に空隙を設け、かつコード断面が円に内接するような均一断面を有する第2図に示したようなコードが提案され、」(本願公報2欄21行ないし3欄6行)、「本発明の金属コードは、例えば第3図に示した種々の断面形状がコードの長さ方向に混在しているコードであつて、5.0kgの荷重を掛けた時の伸度P1が0.2~1.2%の範囲であり、かつ2.0kgの荷重を掛けた時の伸度P2(%)が0.947P1-0.083以下であることが必要である。この理由は金属コードーゴム複合体として用いるときにP1が0.2%未満の場合は従来のコンパクトコードと大差なく、本発明の目的を達成することができず、また1.2%を越えると裁断コードの端部が撚り乱れを生じやすく作業性上の問題があるため好ましくないためである。」(本願公報4欄3行ないし14行、前記補正書2頁(3))、「一般的にオープン撚りコードに於ては、コードに引張り応力を加えると各構成フィラメントはコードの中心に向かつて圧縮しようとする。ここで伸度P1が一定であつても、伸度P2が大きい場合と小さい場合とがある。前者は第2図に示される如く、コードの断面形状が長さ方向に均一(フィラメント間隙が一様)である場合で、各構成フィラメントが自由に中心に向かつて移動しようとするため、2kg荷重時ではコードとしての伸びが比較的大きくなるのである。これに対し後者は第3図(1×5)のB~Eに示される如く、コードの断面形状が不均一で、フィラメント同士が接触している場合であり、各フィラメントが中心に向かつて移動しようとしても、接触した各2本のフィラメントに関しては互いに接触圧(反発力)が働くため、2kg荷重時ではコードの伸びが小さくなるのである。」(本願公報4欄25行ないし41行)との、また、本願明細書が前記のとおり、従来技術として言及した成立に争いのない甲第5号証(昭和55年特許出願公開第90692号公報)には、「第2図も「1×5×0.25」構成のコードの横断面を示すが、このコードは当業界ではコンパクト型コードとして知られているものであつて、個々のワイヤは隣接コード(「ワイヤ」の誤記と認める。)と相互接触しているものである。」(3頁右上欄19行ないし左下欄3行)との各記載が認められ、これらの記載によれば、本出願前において、ゴムとの複合体として使用される金属コードの技術分野においては、金属コードを構成する全てのフィラメント(上記の「ワイヤ」がこれに相当することは各記載を対比すれば明らかである。)が、隣接するフィラメントと相互に接触している構造のものを「コンパクト撚りコード」(あるいは「コンパクト型コード」)と呼ぶのに対し、フィラメントの全部又は一部が隣接するフィラメントと相互に接触していない構造のものを「オープン撚りコード」と呼んでいたこと、そして、本願発明は上記のような断面形状をしたオープン撚りコードを得るための製造上の必須条件として、P1の下限値を前記のとおり0.2と限定したものであると認めることができる。
してみると、審決も、前記審決の理由の要点からすると、上記のような点を踏まえ、上記と同様の理解のもとに「オープン撚り」なる表現を用いたものであることは明らかである。
そうすると、本願発明の前記の要旨(B)及び(C)の各構成からみて、本願発明がオープン撚りコードに含まれることは明らかである。
そこで、次に、引用発明について検討する。
引用例に審決摘示の技術的事項の記載があることは当事者間に争いがなく、上記記載によれば、審決摘示の(a)、(b)及び(d)の各事項を認めることができ、他にこれを左右する証拠はない。そして、上記(b)によれば、引用発明は、加硫操作時に弾性材料であるゴム等がよく浸透するための隙間をフィラメント間に有することからみて、フィラメントの全部又は一部が隣接するフィラメントと相互に接触していない構造であると推認でき、かつ、上記(d)の記載からすると、コード1本当りの約5kgf荷重時の伸度は0.2%以上であるから、これらによれば、引用発明もオープン撚りコードに属するものということができるから、審決が本願発明と引用発明とが前記〈3〉において一致すると認定したことに誤りはない。また、上記(a)の記載からすると、本願発明と引用発明はコードを構成するフィラメントが4本である点において一致するものであるし、さらにコード1本当りの約5kgf荷重時の伸度は0.2~0.9%の範囲において一致するものであるから、前記の審決の〈1〉、〈2〉についての一致点の説示は必ずしも適切な表現とはいい難いが、両発明が〈1〉、〈2〉について、一致する範囲を有することは上記のとおり明らかであるから、この点も結論において誤りということはできない。
以上の次第であるから、本願発明と引用発明は、前記〈1〉ないし〈3〉において一致するとした審決の認定に誤りはないというべきであって、取消事由1は理由がない。
(2) 取消事由2
原告は、引用発明もその断面構造において、本願発明と異ならないとして、相違点1は、実質上の差異ではないとした審決の判断は誤りであると主張するので、以下、検討する。
〈1〉 最初に、本願発明の金属コードの製造方法について検討すると、前掲甲第2号証の1及び同甲第2号証の4によれば、本願明細書には「更に本発明の金属コードは次の様にして製造することができる。すなわちあらかじめ過大にくせづけしたフイラメントを所定のP1(5kg荷重時伸度)を持つようにコード径方向に圧縮させることにより製造できる。チユーブラー式撚機においては、プリフオーマーにて過大にくせづけして撚つた後、リールに巻取る前に圧縮ローラーにより圧縮して製造する。バンチヤー式撚機においては、過撚ローラーおよび/または圧縮ローラーを適宜調整して製造する。1例として第1表の実験No.2のコードは、くせづけ直後のP1の値が1.8%であり、これを通常のチユーブラー式撚機にて撚つた後、ローラーにて0.87%まで圧縮したものである。」(本願公報5欄32行ないし6欄1行)との記載が認められる。
以上の記載によれば、本願発明の金属コードの製造は、(a)フィラメントを過大にくせづけする(チユーブラー式撚機の場合はプリフオーマーでくせづけを行う。)、(b)過大にくせづけしたフィラメントをチユーブラー式撚機又はバンチヤー式撚機で撚る、(c)コード径方向に圧縮を加える(チユーブラー式撚機の場合は圧縮ローラーを、バンチヤー式撚機の場合は過撚ローラーおよび/または圧縮ローラーを使用し、圧縮の程度を適宜調整しながら行う。)、との各工程を順次経るものであるということができる。
原告は、上記の「圧縮」について、ここでいう「圧縮」とは、「コード径方向に対する一方向からの圧縮」を意味し、この「圧縮」を加えた結果、コードは「偏平な螺旋形」になると主張するので、この点について検討すると、上記の本願発明の金属コードの製造方法に関する記載(なお、前掲各甲号証を精査しても、本願明細書には、他に上記「圧縮」に関する記載はない。)においては、何ら「圧縮」の方法ないし態様を限定した記載及び上記の「偏平な螺旋形」に言及した記載のいずれも存しないことからすると、明細書の記載上、上記の「圧縮」を原告主張のように限定して解する根拠を見いだすことはできない。また、技術的観点からみても、上記の「圧縮」に関する記載から、原告主張の「コード径方向に対する1方向からの圧縮」を読み取る技術的根拠を見いだすことができないことは次に検討する点からみても明らかである。
すなわち、この点について、いずれも成立に争いのない甲第12号証の1ないし3(原告繊維開発部文堂元則他1名作成の平成3年12月10日付け、同4年6月2日付け及び同年11月25日付けの各実験報告書)によれば、線径0.23mm、0.25mm及び0.30mmの各金属フィラメントの3本ないし5本を撚りピッチ9.5mm又は16mmでダブルツイスター型撚線機で撚り合わせ、撚り合わせたコードが「偏平な螺旋形」をなす「強い圧縮」を加えた実施例コード(本願発明の全構成要件を充足する。)と「単純な螺旋形」をなす「弱い圧縮」を加えた比較例コード(P2関係式を充足しない。)をそれぞれタイヤに埋設してゴムの浸透状況を検査したところ、実施例においてはゴムがコードによく浸透したが、比較例におけるゴムの浸透は不十分であったとの実験結果を認めることができるところ、この実験結果によれば、本願発明の金属コードを製造するためには、「偏平な螺旋形」となすべく原告主張のような「コード径方向へ一方向の圧縮」を加えることが必要であると推認し得なくもない。
しかしながら、他方、成立に争いのない乙第5号証(補助参加人住友ゴム工業株式会社タイヤ技術本部第4技術部材料研究第2グループ課長中安律夫他1名作成の平成5年2月26日付け実験報告書)によれば、線径0.25mmの金属フィラメントの3本ないし5本を撚りピッチ10.0mmでダブルツイスト型撚線機で撚り合わせて過撚ローラーで圧縮したサンプルコード6例(いずれも本願発明の構成要件を全て充足した。)をタイヤに埋設してゴムの浸透状況を検査したところ、いずれもゴムが良好に浸透したとの実験結果を認めることができたが、このサンプルコード6例のタイヤ埋設前のいわゆる生コードの形状は原告主張の「単純な螺旋形」に当たるとの事実を認めることができ、他にこれを左右する証拠はない。
以上の各実験結果を対比すると、原告主張の金属コードが原告主張の「単純な螺旋形」をなす場合にも本願発明の構成要件を全て充足する金属コードの製造が可能であることからすると、本願発明の金属コードを製造する上で、「偏平な螺旋形」とする「コード径方向への一方向の圧縮」が不可欠であるとする技術的根拠は薄弱であるといわざるを得ず、かえって、上記の各実験結果によれば、むしろ「圧縮」の「方向」を問わないと解することが可能であるから、この点に関する原告主張は技術的な観点からみても採用できない。
〈2〉 次に、引用例に開示された撚線の製造方法について検討する。当事者間に争いのない引用例の前記記載のうち、引用発明のコードの製造方法に関連する部分を摘記してみると、「芯なし撚線は各フィラメントをあらかじめ過剰に変形しておいてから撚る」、「フィラメントの各々は、ばねワイヤと同じように、螺旋状に変形を行う。」、「Fig.1は4本ワイヤ撚線製造用の変形付与装置を図式的に示す(審決の「体系を示す」は誤訳である。)側面図」との各記載があり、また、前掲甲第3号証によれば、引用例には、「Fig.1の変形付与装置は撚線機もしくは束線機の回転メンバー(図示せず)の軸線1の周囲に配置されている。」(33頁左欄59行ないし61行)との記載が認められる。
以上の記載によれば、引用発明における金属コードの製造は、各フィラメントをあらかじめ過剰に変形しておくための「変形付与の工程」とこれに続く螺旋状に変形を付与されたフィラメントを撚線機又は束線機で撚り合わせる「撚成工程」とからなることは明らかである。
ところで、前掲甲第3号証によって引用例を精査しても、引用例に上記の「撚線機」の種類、構造及び操作方法等に格別言及した記載は全くなく、かかる記載内容からすると、上記の「撚線機」は、引用例が刊行された1978(昭和53)年当時において、金属コード製造の技術分野の当業者が一般的に使用していた撚線機であり、その操作も、当時における一般的な方法によるものと解するのが最も自然な解釈であるというべきである。
〈3〉 そこで、上記の当時における「撚線機」に関する技術水準について検討すると、成立に争いのない乙第4号証の1ないし3(ワイヤロープ便覧編集委員会編「ワイヤロープ便覧」昭和42年10月15日株式会社白亜書房発行)には、「2.7.4ロープの形付け」、「(1) 形付けの種類」の項に、「ロープ素線は伸線により生ずる内部応力と、よるとき線に生ずる応力をもっている。ロープ形付けの目的は、素線のよりにもとづく内部応力を除去し、切断した場合の反発や素線の飛出しを防ぎ、内部応力に基づく損傷やロープの性質の劣化をなくすための処理加工で、つぎのような方法がある。」(183頁下から14行ないし11行)と記載があり、上記方法として、「熱処理」、「より合わせ前の形付け(プレホーム)」、「より合わせ後の連続形付け(ポストホーム)」及び「より合わせ後の単独形付け(プレテンション)」の4つの方法を列記し(同頁下から10行ないし7行)、さらに「ポストホーム」について「ポストホームはより線の際、より線機のボイスを出てから引出しドラムまでの間でロープに形付けする方法である。その方法は大別すると引張り式、圧縮式、屈曲式の3種類になる。」(185頁16行ないし18行)、「圧縮式は図2.170のように、ボイスを出た直後に取付けられた各2個の圧縮ローラからなる2組が互いに直角に配置されている。ロープはこの2個のローラを通る間に円形度を整えられ、ロープ中のゆるんだストランドや素線を締めて接触関係を安定させ、ロープのなじみをよくする。」(前同頁末行ないし186頁6行)との記載がそれぞれ認められる。そして、成立に争いのない乙第1号証(昭和51年特許出願公開第35741号公報)には、「バンチャー撚線機」と題する発明に関し、スチールコードを製造するバンチヤー撚線機の従来技術においては、スチールコードに生ずるキンク及び反発性を防止するためのオーバーツイスト装置を取り付けて撚成した後、さらに、上記装置で防止できない小波ぐせを除去するためにローラー矯正装置を備えてコードに径方向の圧縮を加えていたところ(1頁左欄下から2行ないし右欄下から2行)、このローラー矯正装置の改良に関する発明が開示されている(特許請求の範囲)ことが認められる。また、成立に争いのない乙第2号証(昭和49年特許出願公開第30636号公報)には、「鋼線の撚線製造装置」と題する発明に関し、鋼線の撚線製造装置であるダブルツイスト式バンチヤー撚線機の従来技術においては、素線にプリフオーム装置によってプリフオームを与えて撚成した後、更にポストフオーム装置によって撚線にコード径方向の圧縮を加えていたことが示されている(1頁右欄下から4行ないし2頁左上欄8行)。さらに、成立に争いのない乙第3号証(昭和48年特許出願公開第67522号公報)には、「線条矯正装置を有する二度撚集合機」と題する発明に関し、撚り合わされた線条はねじり応力を保有することから、巻き戻した場合にうねりやキンクを生ずること(1頁左欄下から7行ないし2行)、このため撚り合わされた線条にローラー等で径方向の圧縮等を加える線条矯正装置を設けて、永久歪みを付与してうねりやキンクを防止することが示されている(2頁左上欄下から5行ないし左下欄13行)。
以上によれば、引用例刊行当時において、鋼線等をバンチヤー式撚線機等を用いて撚り合わせて金属コードを製造する場合、撚るときに鋼線等に生ずる内部応力を除去し、コードを切断した場合の反発や素線の飛出し等を防ぐ形付け処理加工としてのポストフオームが不可欠とされており、その具体的な方法として、矯正ローラー等で撚線を径方向に圧縮するなどの工程を設ける方法が広く採用されていたところ、かかる技術は、上記各刊行物の刊行時期や「便覧」の一般的な性質に照らして、本出願前周知の技術的事項であったものと解して差し支えがないものというべきである。
〈4〉 そこで、〈3〉項に認定した本出願前周知の技術的事項を踏まえて、引用例に開示された〈2〉項の技術内容をみると、引用例に記載された撚線機においても、前項に認定の撚線の製造においては原則としてポストフオームが不可欠であるとの技術的理由からみて、これを不要とする特段の技術的理由がない限り、ポストフオームが行われていたものと解するのが相当であって、当時、撚線機として一般的に使用されていたバンチャー式撚線機においても、ポストフオームとして矯正ローラー等によるコード径方向への圧縮工程が設けられていたものと推認することができ、引用例を精査しても、ポストフオームを不要とする特段の技術的理由を見いだすことはできない。
原告は、この点について、引用発明の金属コードの製造においては圧縮工程を欠くため、その「あらかじめ過剰に変形」の技術的意義と本願発明の「過大なくせづけ」の技術的意義は異なると主張するが、前記認定のとおり引用発明においても撚成後の圧縮工程が存在する以上、共に圧縮工程を具備する点において差異はなく、したがって、この工程を欠くことを前提とした前記の「変形」工程及び「くせづけ」工程の技術的意義が異なるとの主張も前提を欠くといわざるを得ないから、上記主張は採用できない。
また、原告は、乙第1ないし第4号証記載の圧縮ローラーあるいは過撚ローラーが仮に周知であったとしても、これらはいずれもコンパクト撚りコードを矯正するためのものであるから、オープン撚りコードを偏平な螺旋形にするためにコード径方向に圧縮することについては何ら開示されていないと主張するので、この点を検討すると、一般に、バンチャー式撚線機にポストフオームのための圧縮ローラーが具備されていることは前記のとおり本出願前周知の技術的事項である。そして、確かに、オープン撚りコードについて上記の圧縮ローラーで圧縮することを明記した証拠はないが、既に認定した撚線の製造におけるポストフオームとしての圧縮の技術的意義に照らすと、オープン撚りコードの場合に限って圧縮を不要とする特段の技術的理由を見いだし難いことは既に説示したとおりであるから、この点に関する原告主張も採用できない。
〈5〉 ところで、前掲乙第5号証によれば、引用例のFIG.1として記載された装置の後段に乙第3号証に図示されたダブルツイスト型撚線機を配した装置を製作し、この装置によって、直径0.25mmのスチールフィラメントを使用して1×3、1×4、1×5構造のサンプルスチールコード6例を製造して、その断面形状を観察したところ全サンプルが本願発明の構成要件(B)はもとよりその余の構成要件の全てについても充足したことが認められる。
上記実験結果に対して、原告は、上記実験で使用したダブルツイスト型撚線機を組み合わせた撚線製造装置は引用例に開示された製造装置とはいえないから、上記実験結果は無意味であると主張するが、上記実験に使用された撚線製造装置が引用例に開示された製造装置に該当することは、前記〈2〉ないし〈4〉に説示したとおりであるから、上記主張は採用できない。
また、原告は、甲第14号証の実験では、構成要件(D)を満たすコードは1つの例外を除いて製造できなかったことからすると、乙第5号証に記載の方法で本願発明のスチールコードが必ず製造できるというものでないと主張する。そこで、この点を検討すると、成立に争いのない甲第14号証(東京製鋼株式会社取締役スチールコード部長小川光太郎作成の昭和62年8月10日付け試験報告書)によれば、引用例のFIG.1として記載された装置の後段にダブルツイスト型撚線機を配した装置(もっとも、上記報告書別紙1の「ダブルツイスト型撚線機概略図」によれば、上記撚線機はフィラメント供給装置、撚線機本体及び巻取スプールから成ることが明記されているが、過撚ローラーが具備しているかどうかの点については記載がなく明らかではない。)を製作し、この装置によって、スチールフィラメントを使用して1×4構造のサンプルスチールコード9例を製造したところ、本願発明の全構成要件を充足するものは1例のみであったとの事実を認めることができるから、この試験結果と前記実験結果を総合すると、引用例に開示された技術的事項に従って製造された金属コード製造装置によって(なお、この点については、前記のとおり過撚ローラーが具備しているか否か必ずしも明確ではない点で引用例に開示された装置といえるか疑問がないわけではない。)、本願発明の金属コードが常に製造可能であるとまでいえないことは明らかであるが、上記のサンプル合計15例中7例において製造が可能であった以上、引用例に開示された製造装置を使用し、圧縮ローラーによる圧縮の程度等を適宜調整するなどすれば、本願発明の構成要件を全て充足する金属コードの製造が可能となるものと充分に推認可能であるというべきである。したがって、この点に関する原告主張も採用できない。
〈6〉 以上に説示したところから明らかなように、引用発明における金属コードは、当業者が一般的に使用していた本願発明と共通の撚線機を用い、共通の基本的操作を経て得られたオープン撚りコードであると認められ、前記実験結果に照らしても、このような撚線の長手方向と直交する断面における金属フィラメントの配列は、本願発明の構成要件(B)と同様に部分的な接触域と離散域が不規則に分布しているものを含むと推認できる。したがって、相違点1について、両者の間に実質上差異がないとした審決の判断を誤りとすることはできないから、取消事由2は理由がない。
(3) 取消事由3
原告は、本出願前の技術水準に照らすと、直径が0.2mmより小さいフィラメントはタイヤ用のスチールコードのフィラメントとして実用性を有しないとして、同フィラメントについてP2関係式の臨界的意義を否定した審決は誤りであると主張するので、以下、この点について検討する。
〈1〉 直径が0.2mmより小さいフィラメントのほぼ全てがP2関係式を満たすことは原告も明らかに争わないところであり、この事実によれば、上記径のフィラメントについては、P2関係式は臨界的な意義を有しないことは明らかである。
〈2〉 いずれも成立に争いのない甲第4号証の1、2(Smithers Laboratories社編「SMITHERS INTERNATIONAL TIRE ANALYSIS」の1972年版~1982年版)及び同号証の3(なお、1975年欄の線径欄「3.0」とあるのは、「0.30」の誤記と認める。)によれば、同誌に掲載された1972年から1982年までの自動車用タイヤに使用されたベルト用スチールコードの線径は0.23mm~0.30mmの範囲内にあることが認められ、これに反する証拠はなく、上記のスチールコードが本願発明の金属フィラメントに相当することは明らかであるから、上記事実によれば、上記期間中に製造された自動車用タイヤのベルト用スチールコード、すなわち金属フィラメントの線径は上記の範囲内にあったものと推認することができ、他にこの推認を左右するに足りる証拠はない。
そうすると、原告主張のとおり、線径0.2mm未満の金属フィラメントが自動車用タイヤに使用されることはないから、上記の用途に限定してみた場合には、本願発明の金属コードのうち、線径0.2mmの金属フィラメントについてのP2関係式の臨界的な意義を否定してみても無意味であるといわざるを得ず、したがって、原告の前記主張はこの点を指摘する限りにおいては正当というべきである。
〈3〉 そこで、本願発明のスチールコードの使途が自動車用タイヤに限定されるか否かについて、以下、検討する。前掲甲第2号証の1及び同号証の4によれば、本願発明の特許請求の範囲においては、本願発明の金属コードの使途及び線径について何らの限定をした記載を見いだすことはできない。そして、前掲甲第2号証の1によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明の金属コードの線径について、「また本発明の金属コードを構成するフイラメントは、その直径が0.12~0.4mmであることが好ましい。これは0.12mm未満であると強力が小さすぎ、また0.4mmを越えると疲労性が低下して実用上適しないためである。」(本願公報5欄20行ないし25行)との記載が、また、用途について、「このため本発明の金属コードはタイヤに用いられて優れた効果を奏するばかりでなく、農業用耕転機として又ベルト等工業用品に広範囲に用いることができる。」(同6欄26行ないし29行)との記載がそれぞれ認められ、これらの記載によれば、本願発明の金属コードを構成するフィラメントの線径に格別の限定はないのみならずその用途においても自動車用タイヤに限定されるものではなく、例えば、農業用耕転機やベルト等の工業用品に幅広く使用されることが予定されていることは明らかというべきである。
してみると、本願発明の金属コードの使途を自動車用タイヤに限定する原告の上記主張はその前提を誤るものであり、また、本願発明における伸度P2の数値限定は臨界的意義を有するものであるとの原告主張の根拠とされている本願明細書や各実験報告書の記載事項は、いずれもフィラメント径が0.20mm以上のものを対象とするものであって、他に本件全証拠を精査しても、線径0.2mm未満のフィラメントの使用が無意味であることを窺わせる証拠はない。
もっとも、成立に争いのない甲第11号証(化学大辞典編集委員会編「化学大辞典」5、昭和36年4月15日共立出版株式会社発行)によれば、タングステンは、弾性率が3.96×104Kg/mm2(27°)、線引加工した直径0.125mmの線の引張り強さは322~343Kg/mm2である事実を認めることができるところ(708頁下から16行ないし10行)、原告は、上記数値を基に、審決摘示のP2とP1の関係を求める前記〈1〉、〈2〉の算式を適用してP2関係式を求め、臨界的意義がある場合が認められると主張するが、タングステンを材料としたフィラメントについては本願明細書に全く記載がない上、上記のフィラメントを用いた金属コードの使途がいかなるものであるかについてもこれを認めるに足りる証拠は全くないから、上記数値は単なる机上の計算値にすぎず、技術的に意義ある臨界値であるとまで認めることは困難であるといわざるを得ず、これをもって、審決の前記認定を左右することはできないというべきである。
したがって、この点に関する原告主張は採用できない。
〈4〉 以上によれば、本願発明の相違点2に係る構成は、線径0.2mm未満のフィラメントに関する限り、何ら臨界的な意義を有しないのであるから、上記線径のフイラメントに関する限り、本願発明の構成要件(D)の設定は何らの技術的な根拠に基づかないものといわざるを得ない。
そうだとすれば、上記の線径のフィラメントに関する限り、上記のとおり数値を限定してコードの構成を特定することが当業者にとって想到困難であったとすることができないことは明らかというべきである。
〈5〉 したがって、その余の線径のフィラメントについて構成要件(D)が臨界的意義を有するか否かについて検討するまでもなく、前記のとおり、本願発明の数値限定が想到容易な部分を包含する以上、相違点2に係る本願発明の構成を想到容易であったとした審決の判断に誤りはなく、取消事由3も理由がない。
(4) 取消事由4
原告は、審決は本願発明が奏する顕著な作用効果を看過した違法があると主張するので、以下、この点について検討する。
本願発明の金属コードを使用したゴムとの複合体において、ゴムがコードの間隙に十分浸透していることから、いわゆるセパレーション現象が大幅に改善される結果、使用寿命が著しく改善されるとの作用効果を奏することは、既に前記2に認定のとおりである。
ところで、前記(1)ないし(3)に説示したとおり、本願発明のコードと引用発明のコードとは、本願発明の構成要件(A)(B)(C)において一致するものを含むオープン撚りコードであって、かつ同(D)は引用発明のコードにおいてP2関係式の数値を限定してコードの構成を特定したにすぎないから、引用発明の金属コードにおいても、本願発明と同様の上記作用効果を奏することは明らかであるから、本願発明の奏する上記作用効果は引用発明から当業者が予測し得たものというべきであって、これを予測し得ない顕著な作用効果とすることはできない。
したがって、取消事由4も理由がない。
(5) 以上の次第であるから、取消事由は全て理由がなく、審決に原告主張の違法はない。
4 よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用(補助参加によって生じた費用を含む。)の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、94条後段を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)
別紙図面1
〈省略〉
別紙図面2
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